こんにちは^^


明日は一番下の子供の運動会です。天気は良さそうなのでほっとしています。保育園の先生も見に来てくれると連絡が有り、初めての小学校の運動会に本人は気合が入っているようです^^ 先週は中学生の子供の運動会でしたが、どちらの学校も私の卒業した学校です。完璧な地元民ですね^^; 


唐突ですが、先週ふとよみがえった私の中学校の思い出です。中学校に入学する前、先輩から色々な部活の誘いがありました。別に私の運動神経が特別良かったという訳ではなく、当時は1年生が卒業した小学校の後輩を勧誘するのが文化だったからでした。

私はバスケ部か陸上部のどちらかにしようと思っていましたが、入学後も決めかねていました。仮入部の期間がありましたので、見学がてらいろいろな部の練習をグラウンドや体育館の隅で見て歩きました。

友人と二人で校内を歩いていると、体育館の横に小屋があるのに気づきました。鍵は無かったので覗いてみると、一台のゴーカートがおいてありました。小屋の中に入ってみると汚れたつなぎの下に沢山の資料がありました。

その小屋は私が入学する前年に顧問の先生が居なくなったため廃部になった工作部の部室でした。アルバムや資料に書いてあった内容に心をうばわれ、日が暮れて暗くなるまで読み漁っていました。それから数日間、毎日のように放課後、小屋にこもっていました。

小屋にあったカートは手作りで、数々の失敗作を乗り越えて完成した作品でした。フレームも近所の工場でもらった廃材製。エンジンは壊れたバイクの物を自転車屋から譲ってもらい修理した物。マウントも手作り。タイヤホイールは今は無き、多摩テックで譲ってもらったという中古の物。資料には完成までの苦労が事細かに書いてありました。

私は決めました。この工作部を復活させる事を。もう一人の友人も賛同してくれました。

さっそく、担任の先生に相談しました。担任は

「それは難しいなあ、まず部員が6人いないと駄目だな」

とそっけない感じでした。

そこから部員集めを始めました。人数を集めるのにはそんなに苦労はしませんでした。体力ある奴は大体、運動部に入部が決まっていて、へんな言い方ですが走るのが苦手なタイプに工作部は受け入れやすかったようです。結局、9人程、入部希望者を集めました。

作った部員予定名簿を片手に、担任の先生にもとに向かいました。9人の希望者の名前とクラスが書いてある紙を渡したところ、

「すごいな、本当に集まったのか。一応、希望者それぞれ本人に確認したうえで学年主任に相談してみる」

と前向きな回答をもらいました。1歩、前進しました^^

そこから約1週間、先生の回答を待ちましたがなんの音沙汰はありませんでした。待ちきれなくなったので状況を聞いてみると、

「顧問になってくれる先生が居ないので、あきらめて他の部活に入部した方が良いんじゃないか」

がっくりしました。その時にでてきた感情は悲しさではなく、怒りでした。担任は最初から話を受ける気が無かったのだろう、だったら最初から言えよ。大人って汚ねえなあと、尾崎豊ばりにむかつきました^^;

私はこう思いました。担任に顧問を探すつもりがないのだったら自分で探してやると。逆にやる気が増加しました。翌日から顧問を持っていない先生を調べて、お願いしてまわりました。しかし、忙しいなど様々な理由で断られ続けました。

グランドの隅の校舎下で、音楽室から聞こえるピアノの曲をききながら半分あきらめかけていました。そこでふと思ったのは

「ブラスバンド部の顧問の先生は確か音楽の先生じゃなかったな。て事は音楽の先生って顧問持っているのかな?」

あわてて校舎の階段をかけ上がり、音楽室に向かいました。先生のピアノの練習が終わるのを待ってから相談しました。その先生は女性の方でその年、配属された新人の方でした。

昨年、廃部になった部活がある事、9人入部希望者を集めた事、顧問のなり手がいなかった事を説明した後、頭を下げてお願いしました。

先生は 「私でよければいいわよ」 と言ってくれました。やったぜ!!

翌日、音楽の先生と共に、友人と3人で職員室に向かい、学年主任の先生と教頭先生と、こちらの気持ちを伝えました。職員会議で検討して結果は職員会議のある翌日に伝えるとの返事をもらいました。


翌週の職員会議の後、担任に職員室に来るよう言われました。友人と二人で向かったところ、教頭先生にこう言われました。

1、専門性の高い部活で、音楽の先生では教える事ができない。
2、1年生しかいないので、先輩からカートで遊ばせろなどと言われた時に断れないだろ。
3、部室にあった小屋にあるものには前任の顧問の先生の私財も多く、回収の手続きをしていた。
4、ようは無知な1年ごときと素人の教師がいたって出来るわけないだろ


結論から言うと駄目という事を1時間近く、くどくどと説明されました。ふてくされながら聞いていました^^;
職員室からの帰り、音楽の先生は役に立てられなくてごめんねと謝ってくれました。もちろん先生には感謝の気持ちしかありませんでした。

むかついて、むかついて仕方がありませんでした。職員室でいっちょ大暴れしてやろうかと友人と話しながら、帰宅しました。それくらい怒っていました。


4月に入学して約2ヶ月間の1年坊主による工作部復活の奮闘は終わってしまいました。





結局、工作部はあきらめて柔道部に入部しました。強くなって上級生にも負けないように1年頑張って2年になったら再チャレンジしようと思いました。今思うと馬鹿な思考回路です^^;

自宅にて話の顛末を父親に話すと、そんなに機械いじりしたいなら知り合いに聞いてみるよと言い、数日後、ミッションとクラッチが壊れた単車をもらってきました。

そうして平日は柔道部、週末はバイクいじり(不動車なのでエンジン分解してました)という中学生活がスタートしました・・・。


先週の息子の運動会をみながらこんな事を思い出していました。ちゃんと息子の出番はカメラマン役しました^^


前文のつもりが長くなってしました。今日、UPするはずだった記事は700Cママチャリの後輪クイックとめからナット止めに変更する計画でした。その話はまた次回にします。


それでは^^/






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